指導者としての原体験。初めての「コーチ」との出会い。

こんにちは。

バドミントンプレイヤーと、その指導者・親のためのブログ「シャトルサークル」の管理人(@shuttle_circle)です。

いまでこそバドミントンの指導をしている「シャトルサークル」の管理人ですが、小学生4年生から6年生まで軟式野球をやっていました。バドミントンを本格的に始めたのは中学生になってからです。

野球をしていたときは、チームの三冠王、4番でショートでキャプテンでした。ちょっと強いシニアチームからも声がかかっていた。でも中学生になって野球を続ける気には全くなれなかったのです。その理由はいたってシンプル。野球が楽しくなかったから。そしてその最大の要因は指導者です。

「指導者」の反面教師像が克明に刻まれたあの3年間は、ぼくのなかで強烈な原体験として残っています。

指導者として「ああなりたくない」

  • 落球すると罵声
  • フライを上げると説教
  • 暴投すると罰として「走ってこい」
  • 監督の機嫌が悪いとケツバット

できないことがあると、頭ごなしに叱られて「なんでできへんねん!」と言われはするものの、怒鳴り散らすだけで具体的に改善のアドバイスをくれることはあまりありませんでした。

監督は「練習中も試合中も水を飲むな」という戦時中の人間みたいな指導者でした。殴られたこともあります。

ぼくが3年間野球をやっていたのはそんなチームだったんです。監督やコーチの怒鳴り声が怖くて、練習の前にはいつもお腹を下していました。試合前はいつも吐きそうでした。そんなチームで野球をやって「野球がおもしろい」とは思えなかった。

だから、バドミントンのコーチをやると決まったとき、「ああいう指導者には絶対にならない」と密かに心に誓いました。

スポンサーリンク

人間として「ああなりたくない」

監督は他の種目(特にサッカー)を露骨にけなしていました。

とあるコーチは、その日の気分次第で、褒めてくれたり、怒鳴ってばっかりだったり、気まぐれでした。ほとんどのコーチは、タバコを吸っていました(喫煙はスポーツに悪影響)。上から目線で高圧的だから話を聞いてくれる気配もありません。

そんな人間の言うことって、全く心に響かないんですよね。どれだけ正論でも聞く気になれない。

少なくとも自分は、コーチの何気ない仕草やふるまいから、「このコーチはこういう人だな」って判断してました。

だから、バドミントンのコーチをやるとき「子供たちに見られている」ということはかなり意識しています。競技レベルだけでなく、人格的にも優れた人間にならないといけないなって、この時の経験が教えてくれている。

競技との出会いは指導者との出会いでもある

小学校の3年間がそんなんだったので、「中学生になっても野球をやる」なんて選択肢は毛ほども思い浮かびませんでした。野球はちっとも楽しくなかったので、バドミントンをやることにした。

自分の場合のように、出会った指導者次第で競技を継続するしないまで決まることって、それなりにあると思うんです。

小学校・中学校を卒業してもバドミントン続けようって思ってくれるかどうかは、その人がバドミントンを楽しいと思えたかどうかにかかっている。そしてバドミントンを楽しいと思えたかどうかは、指導者にかかってる部分が大きいと思います。

けだし、競技との出会いは指導者との出会いでもある。


当サイトのコンテンツは永遠に未完成です。

教えることに従事する人間は一生「勉強中」の身でなければならない

バドミントンのプレイヤーやコーチと「相互にやり取り(シャトル)」する「場(サークル)」にしたい。そんな願いを込めて作ったサイトです。

ご指摘、ご質問等あれば、ぜひコメント欄などにお願いします!

スポンサーリンク

コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。 * が付いている欄は必須項目です

ABOUTこの記事をかいた人

1992年生まれで、大阪府出身・在住。バドミントンのプレー歴は13年。指導歴は4年。(公財)日本体育協会の公認上級指導員(バドミントン3級)です。小学生から大人まで、男女問わず初心者から中級者を対象としたバドミントンの指導を仕事の1つとしています。(→さらに詳しく