スポーツの指導者に必要な長期的視座と、目先の勝敗よりも大事なこと

こんにちは。

バドミントンプレーヤーと、その指導者・保護者のためのブログ「シャトルサークル」の管理人(@shuttle_circle)です。

バドミントンに限らず、スポーツの指導者に必要なのは「勝たせること」だけではなくて「そのカテゴリーで必要な育成をする」ことです。ケガをしたときや、育成方針を決めるときなど、いろんなときに「長期的視座に立つ」ということが求められます。

この記事のメッセージ
指導者こそ、長期的視座を持つべし!

短期的な視座の例

具体例を通じて、短期的な視座と長期的な視座の違いを見てもらいましょう。

ケガをしたとき

たとえば12月末の全小に出場した5年生が、翌年の1月頃から膝の痛みを訴えたとしましょう。幸いにも軽微な痛みであるものの、踏ん張ると痛みを感じる状況です。診断はいわゆる「ジャンパー膝」だったとします。

下記のようなスケジュールだとして、この選手の復帰時期の目標をいつごろに設定すればいいでしょうか?

  • 2月:団体戦
  • 3月:都道府県の個人戦
  • 4月:複数のオープン大会
  • 5月:ABC予選
  • 6月:若葉カップ予選
  • 7月:全小予選
  • 8月:ABC大会

個人的には、5月のABC予選に間に合うように設定すればいいと思います。

もちろん、子供としてはどうにかしてプレーしたがることでしょう。経験論だけど、よっぽど聞き分けのいい子ですら、そうなります。

  • 卒業する6年生と一緒に出場できる最後の大会だから
  • 怪我でみんなと同じ練習ができないのはつまらない/焦る
  • ちょっとぐらい痛くても我慢すれば大丈夫だから

しかし、全国レベルの子にとって大事なのは、次に全国大会の切符を巡る戦いとなるABC大会の予選に万全の状態で臨めること…ではないでしょうか。それまでに行われるオープン大会などはすべて思い切ってバッサリ捨ててしまっても構わないと思います。

管理人
5月の段階で完治していなければ、今後の人生を考えてABC予選すらも流していいぐらいですね。

ここを止めてあげられるのは指導者と保護者ぐらいのものですよ。さっきも言ったけど本人は絶対やりたがります。

愚策なのは、たとえば2月の団体戦で「チームのために少しぐらいガマンして出場しろ」「補欠の人間を出すよりもおまえを出すほうがよっぽど強い」「ここで棄権すればシード落ちになる」などと言って無理を強いること。

膝なんてのは、ダメになったらもうバドミントンなんて絶対できません。「風邪引いて出場辞退」とはワケが違う。最悪チームが棄権になってでもプレーヤーを大事に扱うべきでしょう。

高校野球なんかを見てると、ホントやりきれない気持ちになりますね。たかがアマチュア野球の全国大会(甲子園)のために、将来有望な選手を使い潰すなよ…と。プロいって1年目から高校時代に抱えた故障との戦い…とか聞いてると、本当に笑えません。

もちろん、選手は「たかが高校野球」なんて思ってないでしょう。目の前の試合で勝つために無理を押してでも出場したがるはずです。しかしだからこそ、指導者がそれを止めてやらなきゃいかんわけです。現状だと指導者がむしろ選手側に加担しているように見えます。

バドミントンは生涯スポーツです。小学生や中学生のときに勝つことだけを優先して、その後一生ケガと戦いながらこのスポーツと向き合わなきゃいけない…なんてことになったら目も当てられない。

指導者は「プレーヤーのその後の人生にまで責任を負っている」という自覚を持たなきゃいけない。 小学生の大会を見ていても、膝や肘にサポーターやバンドをあてているプレーヤーを結構見かけます。そういうのを見ると、その子がかわいそうだと思う。

バンドなんてしなくてもいいぐらい完治してからその競技に復帰させてほしい。バンドやサポーターでだましだましプレーしていても、この先ずっと慢性的な痛みと戦わなきゃいけないのは目に見えています。

試合の管理

試合の結果でも長期的な視点を持つことが求められます。

結果管理ではなくて経過管理をしましょう…ということですね。もちろん結果も大事だけど内容も大事。

先週の土曜日は和歌山でオープン団体戦がありました。

相手チームのこともよく知っていたので、思いっきり外しにいって勝ちに行ったり、強い人だけをずっと使い続けたりすることもできたけれど、そうしなかった。なぜかというとこの大会で大事なのは、勝つことよりも経験を積むことと成長することだったから。

どうしても勝たなきゃいけない公式戦なら勝つためのオーダーを考えてもいいけれど、こういうオープン大会なら相手のエースにこちらのエースを当てにいって、清々しく散ってもいいじゃない。

育成方針

バドミントンにおいて、単複のうち1種目にしかエントリーできない小学生や中学生の場合、結果を残すためならどう考えてもシングルスよりもダブルスに出るべきでしょう。だってダブルスのほうが勝ちやすいからね。

シングルスで都道府県予選敗退クラスの人がダブルスに参入するやいなや、たちまちブロックトップレベルに踊り出ることだって普通にあります(例:シングルスで大阪3位の子が、ダブルスに参入してダブルス近畿1位の人に勝つ)。

でも小学生の間にダブルスばっかりやっちゃうと今後のためにならないんですよねー。世界のトップレベルで活躍をしている人だって、もともとはシングルスで実績を残した人ばかり。

クラブとして実績がほしかったりすると、エースの子をダブルスに投入したりしがちなんだけど、それは今後のことを考えるとあんまりよくない…と思います。少なくともうちのチームではダブルスにエントリーする子でも基本的にはシングルスに必要な練習をたくさんやっています。

また、目先の結果だけを追求するなら「戦術」まで小学生のうちからガンガン仕込んでもいいかもしれないし、ひたすら心肺系のトレーニングやらせたりしてもいいかもしれないけれど、それじゃ「伸びしろ」が残らない。

戦術でいえば「あそこに打ちなさい」とか「相手のこの部分を狙いなさい」とか、そういうことを言いすぎない。それをやりすぎるとその子が自分で工夫しなくなるんですよねー。

個人差はあれど、指導者が考えなきゃいけないのは「そのカテゴリーで必要なことをする」というのが基本線になる。小学生のうちなら神経系の発達が著しいので、ラケットワークや基本動作をしっかりと身につけること(全国レベルの子ですら、どこかに改善の余地ってのはあります)。それから、狙ったところにしっかりとコントロールできることと、バドミントンを好きになってもらうこと。

管理人
スピードとか筋力とかは、人間の成長に合わせてその後のカテゴリーに譲るべき。

小学生の大会を見ていると、全国大会に出ていてもフォームがぐちゃぐちゃの人も結構いますよ。体格差やゲーム中の戦術的なところだけで、なんとか勝ってる…みたいな人ね。そうして「小学生のうちにやっておくべきこと」を放置したまま、小手先の戦術などに走って勝ったところで、中学生になって逆転されるのは目に見えています。

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勝利至上主義の呪い

勝敗の結果だけを唯一の価値と捉える「勝利至上主義」にとらわれる指導者は少なくありません。 戦後日本のスポーツの歩みを見ても、そのような傾向が古くから見て取れます。

自戒の意味も込めて、目先の勝ちだけを追い求める「勝利至上主義」とはおさらばしたいところです。

ちょうど今日、筒香嘉智選手が日本の野球界に問題提起した記事を見つけて、全く同意したところでした。

日本では、野球に限らず、子供たちに考えさせる=想像力や創造力を伸ばす教育が遅れている。子供たちが考えを巡らせる前に、指導者や父兄が待ちきれずに答えを教えてしまう例は少なくない。「それが将来の子供たちのためになっているかというと、僕はなっていないと思います」と筒香は言う。では、なぜ指導者たちは答えを教えてしまうのか。それは「育てる」よりも「勝つ」ことに主眼を置いた「勝利至上主義」が根強いからだ。

引用元:DeNA・筒香嘉智が野球界の現状や将来に、現役選手としては異例の異議|ニフティニュース

練習中のみならず、試合中にも指導者が「ああしなさい、こうしなさい」という指示を連発しすぎる光景も見かけますが、それだって考えものです(自分もついついやっちゃいます…)。

子供は大人の操り人形じゃない。何度か言ってるけど、主役は子供であって大人ではない。それを肝に銘じたい。

保護者は、大切な子供だからこそ結果を残してほしいと願うのでしょう。もちろんその部分も変化が必要なのかもしれないけれど、まずは指導者にこそ長期的な視座が求められる。そう思います。


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教えることに従事する人間は一生「勉強中」の身でなければならない

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ABOUTこの記事をかいた人

1992年生まれで、大阪府出身・在住。バドミントンのプレー歴は13年。指導歴は4年。(公財)日本体育協会の公認上級指導員(バドミントン3級)です。小学生から大人まで、男女問わず初心者から中級者を対象としたバドミントンの指導を仕事の1つとしています。(→さらに詳しく